レオニスの泪



「こんばんは、いらっしゃい。あなた、神成さんよ。」


上品そうな女性の声に続いて。


「おぅ、来たか。なんだよ、いつもと違って予約とかしやがって。やっと結婚する気になったか!」

「そんなんじゃないよ。」


男性の親しみの籠った声がした。
神成も明らかにリラックスしている。


「入っていいよ。」

暖簾の外で待つ私達を、神成が暖簾越しに振り返り、手招きするので、

「――行こうか。」

慧にそう言ってから、手を握って、中に入った。


「いらっしゃいませ。」


中に入ると、綺麗な着物姿の女将さんと、作務衣姿のご主人――神成と話をしていた男性――が出迎えてくれた。


「こんばんは。」
「こんばんわぁ」


ど緊張の私と、わくわくしている慧が挨拶を返し、頭を上げると、数歩先で待っている神成が振り返って待っている。


「今お部屋にご案内致しますね。」


よく見ると、女将以外の他の従業員も皆、濃紺の作務衣を着ているようで、ご主人だけが黒だった。

中は割と狭く、障子で仕切られている部屋が数個あるのみ。廊下はやはり玉砂利が埋め込んである。


――靴を脱ぐタイプだ。


タイツ大丈夫だったかなと、やや焦る。


「――あなた?」


女将さんの声に、ハッとして、視線を店内から戻すと、一人だけ、時が止まったかのように、驚いた顔して私を見つめるご主人に気付く。

その隣で女将さんが首を傾げていた。


「あっ……すいません。ぼーっとしてしまって。どうぞ、ゆっくりしていってくださいね。何かありましたら、気兼ねなく呼んでください。」

「あ、はい、ありがとうございます。」




< 423 / 533 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop