掠れた声で囁いて




「ちょっとだけ啓のこと抱っこしてて」

「え?」


 肩にズッシリとした重さが加わる。
 頭に被せられた布から顔を覗かせると、自分の腕の中にけーくんがいた。抱っこ紐に包まれたままけーくんは寝息をたてている。

 リーマンの姿を探して顔を上げたその先で、痴漢男が宙を舞う。

 それは現実味のない光景だった。

 痴漢男は綺麗に一回転して地面に叩きつけられた。


 ——それからどれだけ時間がたったのか。
 嗅ぎ慣れない香りに包まれて、ぼんやりとしていた。いや、耳だけは反応していた。と思う。
 革靴が目の前で立ち止まった瞬間、私の体は息を潜めていた。
 そして、顔にかけられていた布が慎重にずらされる。


「大丈夫?」


 同時に問われた声。私の大好きな声。
 強張っていた肩から力が抜けると共に、目尻から涙が零れ落ちた。それを見たその人は、一瞬だけ瞳を揺らした。


「……怖かったよな」


 怖かった。
 すごく怖かった。

 次から次へと涙が頬を伝ってく。
 優しく頭を撫でられて余計に我慢できなくなる。泣き顔を見られたくなくて、その体に抱きついて顔を隠す。
 リーマンはそんな私の頭を何度も何度も撫でてくれた。駅員が事情を聞きに来るまでずっと。
 その日初めて私は高校を休んだ。



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