砂の鎖
「……何も言いたくなんかないよ」

「……」


そうして、真人が黙れば沈黙が訪れた。
私の耳には、ただ自分の心臓の音だけが煩く警鐘を鳴らしている。
分かっていると自分に言い聞かせ、落ち着かせたいのに、逸る心臓が私の要求に応えることは無い。

夕刻の空は移り変わりが早い。
真人の後ろの空は既に夜が色濃く、それでもまだ明るい空に白い月がうっすらと浮かんでいる。

真人は、一つ疲れた様な溜息を零した。
真人らしからぬ、扇情的で大人びた仕草だった。
それに私はまた、心臓を掴まれたかのように身構えた。


「脅すつもりはない。ストーカーかって言われても仕方がないくらい亜澄のことずっと好きだったんだ。見てれば分かる事もあるってこと」


そう言いながら私に、支えていた自転車を差し出した。
私は、その存在を少し忘れていたから唐突に感じられて驚いて。
それでも促されるままに俯きながらそれに手を伸ばす。


「とりあえず、亜澄の気持ちは分かった。でも俺も、一回振られたくらいで諦められるような気持ちでもないから」

「真人……」


それでも私が伸ばした手は、自転車を掴む前に真人の空いている方の手にぐっと握られた。
驚いて顔を上げた私は、真人に引き寄せられた。
触れそうなほど近づいた距離に驚いて、私は思わず、力いっぱい目をつぶる。


「泣きたくなったら、俺のとこ来なよ……」


耳元で、真人の低い声が響いた。
その声に、背筋がぞくりと震えた。

きつく閉じていた目をそっと開ければ、至近距離に真人の顔があって、その距離は、家の前でキスをされた……あの日の距離だ……


突然の事に何もできない私に真人はその距離でクスリと少し寂し気に微笑んで、それから頬に優しくそっと落とされたキス……

握っていた私の手を自転車のハンドルに導くと、私の頭を優しく撫でた。

そうして、少しぎこちなく微笑んで、彼は私に背を向けた。
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