リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【後編】
「今日って、確か木村くんの……」
「欠席でいいだろ」
「拗ねませんかね。呑兵衛軍団から守ってくださーいって」
「あのな。その声を聞かせて、具合がよくないって言われりゃ、あいつだって諦めるだろうよ」

この期に及んでまだ木村を気にかけている明子に、小林が半分本気で呆れていると、廊下から聞き覚えのある声が二つ、聞こえてきた。

「お前なあ。マジで煙草を没収するぞ」
「すいませーん。気を付けまーす」

耳に届いたそのやりとりに、朝からヤニのにおいを振りまいている牧野に渋面を浮かべている君島と、そんな君島にへらりと笑いながら全く心のこもっていない返事を返している牧野の姿が小林と明子の脳裏に同時に浮かび「困ったヤツだな」「しょうがないなあ、もう」と言い、どちらともなく力なく笑いあった。
けれど、苦笑を浮かべながらも、聞こえる元気そうなその声に、明子はその胸の内で安堵していた。
きっと、牧野もまた自分と同様、よくは眠れなかったのだろう。
もしかしたら、一晩中、煙草を吸って、あれこれと思い悩んでいたのかもしれない。
それでも、いつもと変わらない声を聞かせてくれた。
それが明子には嬉しかった。

「おはようございます」

部屋に入るなり、そのよく通る声で挨拶の言葉を投げてきた牧野に、「おはようさん」と小林はいつもの飄々とした声で応え、「おはようございます」と明子がいつもとは違うしわしわの声で応えた。
自分の机に向かっていた牧野の足が、明子の傍らでピタリと止まる。
そうして、しげしげと明子を見下ろし眺めた。
牧野のその様子に、「なんだ、その声は」と小言を食らうかなと明子が身構えると、牧野が口を開いた。

「スカートは?」
「はあああっ?!」

あまりにも想定外過ぎるその言葉に、明子の驚愕交じりのガラガラ声が室内に響き渡った。
牧野を見上げ、これでもかと開かれた明子の目は、今、なんと言いましたと、牧野にそう問いかけていた。
牧野の奇行には免疫があるはずの君島と小林ですら、謎の生命体でも見ているかのような目を牧野に向けていた。
しかし、そんな三人の様子など気にも留めずに、牧野はやや不貞腐れたような口調で言い募る。

「金曜日は、スカートを履けって言っただろ」
「バカですかっ 牧野さんっ ホントにバカですねっ」
「誰がバカだよっ 俺はバカじゃねえやっ」
「バカですよっ バカバカバカッ この声を聞いて、出てくる言葉がそれですかっ」
「どうせ、酒か食いすぎだろ」
「お酒で声を枯らしたことなんてありませんっ ましてや食べ過ぎで枯れるなんて、ありえませんっ」
「仕方ねえ。魔女の毒薬やるよ」
「いりませんっ 女王陛下のお薬をいただきましたっ」

けたたましく始まった痴話喧嘩ともなんとも言い難いその罵りあいに、小林は天を仰ぐようにして笑い転げ、君島は頭を抱えながらも肩を小刻みに震わせた。
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