カメラマンと山小屋はよく似合う
「いたか?」

「……いません」

もう何度目かになる彼とのやり取り。道を行き交う人々の中に老人の姿を見つけては、私はおばあちゃんかと期待して、だけどそのたびにがっくりと肩を落とした。

「あ、次の信号左折でお願いします」

「了解。……随分土地勘があるんだな。あんたもこの辺の人間じゃないんだろ?」

「ここには昔からよく遊びに来てましたし、第二の家みたいなものですから」

「ふぅん」

助手席から身を乗り出して、辺りにくまなく視線を巡らせる。もしかしたら家に帰ってくるかもしれないと、ロッジを出てから一度おばあちゃん家に寄って置き手紙を残してきたけれど、おばあちゃんはお金を持っていないからタクシーにも電車にも乗れないはずだ。

だから家から老人ホームまでのこのメイン通りを走っていけば、何処かで徒歩のおばあちゃんを見つけられると思っていた。

余談ではあるけれど、私が通ったロッジまでの山道とは反対側に、車も通れる整備された道がある事は、つい先ほど知ったばかりだった。おばあちゃんがその道を教えてくれなかったのは、きっと雪山に私が入り込むのを避けるためだったのだろう。

「老人ホームはもうすぐか?」

「はい。……おばあちゃん、ほんとにどこ行っちゃったんだろう」

このルートを探して見つからないという事は、おばあちゃんは家に帰るつもりではないのかもしれない。そうなれば、もうどこを探して良いのか、皆目見当もつかなかった。交通量の多いこの通り以外にも、山も海も何処もかしこも、認知症の老人には危険地帯に変わりはない。

「まあ、この辺りで何かあったら今ごろ騒ぎになってるだろうし、まだそう遠くにも行けてない筈だ」

「……そうですよね」

「ああ」


慰めて、くれているんだろうか。

時折周囲に目を配りながら、黒く大きなSUV車を慣れた手つきで操作するこの男は、名前を『たかとう いつき』といった。高い東の樹と書いて高東 樹。職業は自称フリーのカメラマン。写真家の間では有名らしいけれど、私は知らないから“自称”だ。年齢は今年で33歳。肩ほどまで伸びた黒髪を適当に後ろで結び、おまけにヒゲ面。正直もっと上だと思っていた。

「どうして、」

「あ?」

「どうして、手伝ってくれるんですか?」

「……ご近所付き合いは大切だからな」

「ついさっきまで、良好なご近所付き合いをしようという姿勢は微塵も見られなかったですケド」

赤信号で止まった隙をついて、高東さんをじとりと睨む。会って数時間で、こんな視線を彼に向けるのは何度目だろう。そんな男の車にほいほい乗ってしまう私もどうかとは思うけれど、背に腹はかえられない。

高東さんはそんな私を視界に収め、何かを諦めるような深い溜め息を吐いた。面倒くさい女だと、彼の全身から伝わってくる。

「俺も、じいちゃん子だったんだよ」

ほんの少し照れくさそうな表情と、同時に踏み込まれたアクセル。再び流れ始めた窓の外には、やっぱりおばあちゃんの姿は見つけられなかった。
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