カメラマンと山小屋はよく似合う
本当にごめんなさいと平謝りする木村さんに、兎に角私も探してみますと告げて電話を切る。咄嗟に振り向いて男に縋るような瞳を向けたのは、この不安を誰かと共有したかったからなのかもしれない。

大好きなおばあちゃんの一大事。しかもいま身内として対処出来るのは自分だけ。この辺りと違い老人ホームのある場所は比較的市内に近く、車の通りも当然多くなる。

血の気が引くとは正にこういう事。最悪の事態を想像して、さぁっと体中の血液が抜けていくような感覚に陥った。

「おい」

酷く静かな、声だった。

つい先ほどまで怒りを露わにしていた男の表情は、いつの間にか気遣うようなそれに変わっていた。尤も、あの怒声を聞いていなければ気付けないような、微妙な変化ではあるのだけど。

男は電話での会話で察しがついているのか、そっと私の右肩に手を置いて。

「とりあえず落ち着け。今からあんたがやるべき事は?」

「え……?」

「ばあちゃんを、探しに行かないといけないんだろう」

「……そうだ、タクシー呼ばなきゃ」

「タクシー? 車はないのか」

「免許は持ってるけど、乗れる車がないんです」

おばあちゃん家にある軽トラは、昔おじいちゃんが乗っていたもので、ミッション車だ。オートマ限定の私には運転の仕方が分からない。

「探す当てはあるのか?」

続く質問には、今度はゆっくりと首を横に振った。

「祖母は、老人ホームからいなくなったんです。認知症も患ってて、……今の私には、祖母が何を考えているのか分からない」

じわりと浮かんだ涙を堪え、スマホの電話帳をタップする。ここにタクシーが到着するのに、どれくらいの時間がかかるだろうか。

「待て」

「なん、ですか?」

電話をかける直前の私の手を軽く覆って、男は小さく溜め息を吐いた。

「俺が車を貸してやる」

「へ?」

「俺が運転する。あんたはばあちゃんを探す事に専念しろ」

「……は?」


ぽかんと男の顔を見つめた拍子に、私の瞳から一粒の雫がぽたりと落ちた。
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