カメラマンと山小屋はよく似合う

− フィルムカメラの罠 −

……カシャ。

一度目の音は聞こえなかった。
正確には聞こえていたけれど、私の意識に留まるほどのものではなかった。

カシャ。

二度目の音。あれ、と思う。それから頭上を見上げる直前に、もう一度。

カシャリ。

「え、」

私が立つ場所からほんの少し離れた、太く大きな木の枝に、ゆったりと身を預けた見知らぬ男が確かにこちらにカメラを向けて。

「え、誰、なに」

カシャリ。レンズ越しに合う視線。男はにやりと口角を上げて私を撮った。

「ちょ、やめてください!」

半ば怒鳴るようにして俯いた。初対面の男性に勝手に写真を撮られることが、こんなに不快だとは知らなかった。大きな図体のくせしてストンと軽やかに木から飛び下りた男をじろりと睨む。両手で顔を隠すのも忘れない。もう撮られてなるのものか。


たった三歩で詰められた距離。レンズ越しではない男の視線を直に感じる。背の高いこの男には、俯いた私のつむじがよく見えていることだろう。

言いたい事はいっぱいあった。あなた誰なんですか。撮った写真消してください。そもそも何で撮ったんですか。

けれど私は、むっつりと押し黙ることで不満を伝えた。すっと男が息を吸う。そして次に聞こえたのは、低く男らしいバリトン・ボイス。

「俺を探しに来た、わけでもなさそうだな。この山小屋に何か用か?」

私はぱちり、瞳を瞬く。え、この人いま、山小屋って言った?

「……ロッジでしょ?」

首が痛くなるほど上にある顔。男ははぁ?と言う表情をして、面倒くさそうに首を掻く。

「こんなド田舎にある山小屋に、ロッジなんてシャレた呼び方似合わねぇだろ」

「そんな事ない。だってあんなに可愛いもの」

「可愛いねぇ…?」

男が振り返ったのに倣って、私も例のロッジを見る。確かに廃れて寂れて汚いけれど、元の作りは洋風でオシャレだ。白雪姫とか赤ずきんとか、童話に出てきそうな、そんな。

「俺から見ればただのボロ小屋だな」

こんなヒゲ面の男には勿体無い、すごく可愛いロッジなのに。


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