カメラマンと山小屋はよく似合う
「で、結局ここに何の用だ?」

男の声にはっとする。今の私にはそんな事よりも、もっと言ってやるべき言葉があるはずだ。

「さっきの写真、消してください」

「あんた、人の質問に答えるって事を知らないのか?」

「あなたこそ、礼儀って言葉を知らないんですか? いきなり写真を撮るなんて、失礼すぎる」

「……人の家を無遠慮にガン見しといてよく言うよな」

最後のそれは、独り言のようなものだった。それでも私にばっちり聞こえる大きさで言うのだからタチが悪い。ふつふつと高まる苛立ちをぐっと堪えて、男を睨む。

「それについては謝ります。すみませんでした。だけど、思い出の場所だったので懐かしくて、別に他意はありません」

「ふぅん」

「写真を、消してもらえませんか」

感情を抑えた声は、思いのほか低くなった。確かに見知らぬ人間に自宅をガン見されるのは嫌だけど、いきなり写真を撮る方がずっと失礼だと思うのだ。だけど私ももう大人だし、社会が理不尽な事くらい知っている。下手に出ているだけマシだろう。


それなのに、この男は。


「このカメラ、アナログなんだよな」

「は?」

「デジタルならその写真だけ消せるけど、フィルムはそうはいかないだろ。他の写真までだめになる」

「……つまり?」

「さっきの写真は消せない」

「はぁ!?」

「写真は、消せない」

「聞こえてますよ! 何で二回も言うんですか!」

「大事な事だから?」

「〜〜ふざけないで! あなたのした事は盗撮と同じでしょ!?」

「自分の敷地内に勝手に入ってきた女を撮って何が悪い」

「なっ!」

頭の中で、ぼん!と何かが爆発したような感覚だった。冷静になれば、別にいやらしい写真を撮られたわけでもないのだし、何もそこまで、とは思うけれど。

男の態度が気に食わなかったからと言ってしまえば、その通りで。

「っおい!?」

私はカメラを取り上げた。当然それは、壊すつもりで。男の焦った顔が視界に映る。躊躇はしなかった。むしろその顔が見たかったんだとばかりに、地面に向けてカメラを振り上げた、その瞬間。

ブーブーブー。

まるで狙ったかのようなタイミング。ポケットの中でスマホが私を呼んだのと、男が私の腕を掴んでカメラを奪い返したのは同時だった。

「このっ……ばかやろう!!!」

山全体に響き渡る怒鳴り声に、私の体は大きく跳ねた。男のその声だけで、それがとても大切な物だったのだと気付かされて。
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