婚約者は突然に~政略結婚までにしたい5つのこと~
「麻雀で匠に大負けしたんだ」

田中はいつも通り抑揚のない口調で言う。

「貴方まで麻雀?!」

「嗜む程度だよ?」

匠さんはエレガントにニッコリほほ笑む。

「またコイツが汚い手を使うんだよなー!」

藤原は悔しそうに鼻の頭に皺を寄せる。

「中谷も大負けしてたぞ」

田中は愉快そうに唇を歪める

「まさか?!」

私は焦って匠さんへ視線を向けた。

「大丈夫、今日は呼んでないよ。中谷は今後遥にちょっかいを出さない、ってことで借金は免除してやった」

匠さんはニッコリと花のように微笑んだ。

全てを見透かされているようで私は背中に冷や汗をかく。

「もう二度と遥にキスはさせないから」

匠さんは目をスッと細めて、長い指で私の髪を梳く。

…ああ、やっぱりバレてたか。

きっと田中か藤原辺りが余計な事を言ったに違いない。心の中で舌打ちする。

「と、とりあえず!片付けちゃわないとね!」私は焦って露骨に話題を切り替えた。

「荷物を運ぶより車を離れの方にもって行った方が早くない?」

田中の提案で軽トラごと離れに向かう。

匠さんが運転する姿は合成写真のように似合っていなくて笑ってしまった。


本邸から数十メートル離れたところに木造の平屋が佇んでいる。今流行りの古民家風ってヤツだ。

周囲は手入れの行き届いた植木に囲まれて、庭までついている。

どうやらこれが「葛城家離れ」のようだ。

「す…素敵!」

私は感動して思わず声を上げてしまう。

入口は引き戸になっており、間取りは畳と、フローリングの二部屋に分かれている。

フローリング部分はキッチンがついており、どうやらここがダイニングスペースになるのだろう。

畳の部屋は廊下を隔てて一面が大きなガラス戸になっており、外には縁側までついている。

一人で生活するには充分な広さだった。


ここで一人暮らしが始まるんだ。

不安と期待が入交って、私の小さな胸が高鳴る。

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