マイ リトル イエロー [完]
嬉しくて思わず笑うと、聡真さんも穏やかに笑ってくれた。

薄い水色のシャツに、スラックス姿の聡真さんは、常に気品があって、女の私でもドキッとしてしまうほど色気がある。

そんな彼が本屋さんで8冊も海外旅行雑誌を買って紙袋に入れてせっせと持ち帰ってきたのかと思うと、国内旅行を希望した自分を残酷に思い少し反省した。


「ごめんなさい、折角そんなにリサーチ試みようとしてくれていたのに……」

「いや、いい、先に聞かずにはしゃいで買った俺が悪い」

申し訳なさそうに眉を下げる私を見て、聡真さんはすぐにフォローした。

「どうしても、聡真さんと一緒に見たくて」

「……菜の花好きなのか?」

「うん、私の名前の由来でもあるし」

そう言うと、聡真さんは『そうか……』と少し感慨深げに呟いて、箸を箸置きの上に静かに置いた。

「聡真さんの名前の由来は?」

「俺? 俺は明敏で嘘のない美しい人になりますようにって意味らしい。名前負けもいいとこだ」

「聡真さん嘘つきだもんね」

「本当だよ、会社では嘘ばっかついて生きてるよ俺は」

「ふふ」


私が笑うと、聡真さんは、「で、花菜はなんで菜の花が由来になったの?」とじっと私の瞳を見つめて問いかけてきた。

私は、口に含んでいた御漬け物を飲み込んでから、ゆっくりと口を開いた。


「聡真さん、菜の花の花言葉って知ってる?」

「知らないけど、平和とか、幸福とか? そんなイメージな気がする。黄色だし」

聡真さんは斜め上を見て、喋りながら考えるように言葉を口にした。

「すごい! 惜しい! でもちょっと違うんだよね……菜の花は、“小さな幸せ”って意味なんだよ」

「もうほぼ正解じゃん」

「小さな、ってとこが重要なんですー、私的に!」

「そ、そうなのか」

聡真さんは私の勢いのある否定に、少したじろいでいた。

「幸せの度合いって、人によって違うじゃないですか。殆どの人が見向きもしない、日常に転がってるような小さな幸せでも、私はそれに気づきたいんです」

「たとえば?」

「たとえば……あ、聡真さんが私の料理を美味しいって言ってくれることとか」

「それだけのことが?」

彼は呆れたように言い放ったが、私は構わず話を続けた。

「御馳走様って言ってくれた瞬間とか」

「ただの礼儀だぞそれは」

「聡真さんは、私にとって菜の花みたいな存在なんです」

「その発言勝手に俺の住所の欄に魔窟って書いた同期が聞いたら腹抱えて笑うぞ」
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