砂糖漬け紳士の食べ方

午前3時。
独りの作業部屋は、暖房をつけても底冷えの風が室内にゆるり侵入してくる。

乾燥と寝不足で痛み始めた目を何度も瞬きし、私はようやく絵筆を置いた。

まだ乾いていない油絵の具が汚くイーゼルの端に付いたが、もうそこまで構っていられないほど眠気がまとわりついてきている。


虚ろな目で、壁の時計を見た。もう数時間で夜が明けてしまう。


今日の作業はここまでにしようと、私は背伸びついでに椅子を立つ。

正面に構えているイーゼルとキャンバスは、私の背とは真逆にシャンと背を伸ばしたままだった。


肩を二、三回回せば、凝り固まった筋肉が嫌な音を立てて動く。

暖房がしっかり効いた作業室を出れば、やはり冬の終わりといっても寒さが裸足の底から染みてくるようだった。

シャワーでも浴びてから休もうと思いかけた私の視界に、キッチンがふと映る。



「…………」


しばし足をとめたのち、浴室へ行く路線を変更した。
人気がなかったせいで冷え冷えとしたキッチンで、私はお湯を沸かし始める。

何にせよ、空きっ腹のままでは良くないだろう。

とはいえ、あの子がここに来ている時のように茶葉から紅茶を淹れるのもひどく面倒だったので、私は戸棚からティーパックを取り出し、愛用しているマグに放り込んだ。

「空きっ腹では良くない」と豪語したのだから、やはり紅茶だけでは恰好がつかない。
キッチンで、ヤカンが火にあてられる音を聞きながら、私は冷蔵庫をそっと開けた。

ほとんど中身など入っていない中から出したのは、カラフルなリボンが巻かれた小さな箱だ。

40近い独身の男の部屋には似ても似つかないその色彩豊かな箱は、彼女からのプレゼントだった。

無論、先月のバレンタインデーに貰ったものである。
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