大切なものはつくらないって言っていたくせに
だから、おれはもう一回、一ノ瀬遥と会ってみようと思った。

あの時、無理矢理でもいいから携帯の番号くらい聞いておくべきだったな。

俺は最大限の業界のツテを利用して、彼女の料理番組の撮影に潜り込んだ。

バラエティやドラマでしか経験したことのない現場。

へえええ。こうやって、料理コーナーって作ってるんだって思った。

彼女の動きには無駄がない。包丁を使うときも、野菜を茹で上げるその手つきも全て美しかった。

悪いけど、俺も美容師のはしくれだ。自分で言うのもなんだけど、人の髪をカットする時のハサミの使い方には無駄がない。

それはプロとしての証。作業する時の自分の美しさはこうあるべきというスタイルがある。

そして、本当に料理をしていて楽しくてしょうがないという表情。 一つ一つ、食材について、料理方法について、アシスタントのアナウンサーに説明する姿は、まるで歌っている小鳥みたいな感じで話す。

料理が出来上がって試食をするアナウンサーが「美味しい!」というとそれはそれは嬉しそうな表情をする。

なるほどね。。。。。
俺は、ちょっと納得してしまった。
佑樹は、おそらく戸惑っている。
17歳の時から祐樹の事を知っている俺からすると、祐樹の彼女への想いは、ほぼ初恋のようなものじゃないかと思う。
そして、その状況に恐れを感じたにちがいない。
俳優という仕事は、ハタからみていて半端なく大変な稼業だと思う。 特に役作りをしていて、その役に侵食される自分と日々付き合っていかなければならない。 恐ろしく孤独で突き詰めた作業だと思う。
特に、佑樹の場合は中途半端な事はしない男だったから、ちょっと心配になる事もあった。

「大事なものは持たないようにしないと。」
それだけ、佑樹は演じる事に真剣に向き合っていた。
いつだったか佑樹はそんなことを言った事がある。
だから、女の子については後腐れない関係でいたいと常にそれを貫いていた。



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