今度こそ、練愛

「有希ちゃんって言うんだね、初めまして、山中です。『シャイニー』のオーナーを勤めています、よろしく」



にこりと微笑む顔も柔らかな声も川畑さんそのものなのに、口から紡がれる言葉はよそよそしい。だけど、きゅっと結んだ彼の唇は私が重ねた時と変わらない。
危うく唇に見惚れそうになる。



「大隈有希です、よろしくお願いします」



慌てて頭を下げたけれど、唇と首に回した手の感触がすぐそこまで蘇ってきてる。加速し始める胸の鼓動を引き止めるように、山中さんが胸のポケットから名刺を取り出した。



「一応渡しておくよ、非常時には連絡して」



『山中万里(やまなかばんり)』



名刺に書かれた名前を心の中で読み上げる。決して故意ではないのに、突き放されたような気がして言葉が出てこない。



「非常時って何ですか? そんなことあります?」



考え込む間も無く、仲岡さんが割り込んだ。



「私やみんなに連絡が取れない時とか、どうしようもなくピンチな時、だよね?」



高杉さんも、きりっとした顔で言い放つ。気を良くした仲岡さんが身を乗り出して即時返答。



「ピンチって何ですか? そんなことあります?」

「あるかもよ?」



盛り上がる二人を見守りながら、そっと視線だけを山中さんへ。

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