今度こそ、練愛

午後になって、お客さんの波がどっと押し寄せてきた。なかなか途切れることないお客さんの波の中、あたふたしていると店のドアの向こうに見たことのある男性の後ろ姿が見える。



黒いスーツを纏った長身は、間違いなく山中さん。



店内の掛け時計は三時を過ぎて、間もなく四時になろうとしている。いつもより少し遅い来店、いつもなら二時ぐらいには来てくれるのに忙しかったのだろうか。
私も忙しくて時間を忘れていたけれど。



山中さんはなかなか店内に入って来ようとしない。
接客の合間に窺ってみると、誰かと一緒のようだ。店の入り口で話しているようだけど、相手はちょうど壁に隠れているから確かめられない。



「山中さん、なかなか入って来ないね」



カウンターで鉢合せた仲岡さんが、ぼそっと溢す。



「誰かと話してるみたいでしたよ」

「そうなの? 誰だろ? 紙袋持ってるのは見えたけど」



仲岡さんの言う通り、山中さんは紙袋を提げている。あれは駅前の和菓子屋さんの紙袋だ。



「ありがとうございました、お気をつけてお帰りくださいませ」



店のドア越しにお客さんを見送ったら、山中さんが振り向いた。一緒に居たと思われた人は居なくなっている。

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