今度こそ、練愛
「え? 昭仁に?」
「うん、昭仁さん仕事が忙しいって言ってたでしょ? 風邪の予防に食べてもらえたらと思って多めに作ったの、金柑は嫌いかしら?」
「いや……、今まで聞いたことないから知らないけど」
「だったらお願いね、冷蔵庫の中に入れてたら日持ちするから……、昭仁さん、喜んでくれるかしら」
「さあ……、どうだろうね、ミカンとか食べてるの見たことないし……」
母の声を聴いていたら切なくなる。
母は川畑さんのことを、完全に昭仁だと思い込んでいる。あんなことがあったのに何の疑いを抱くこともなく、昭仁を気に入っているんだと思い知らされて胸が痛い。
ヤバいよ、渡せるわけない。
今さら嘘だと言えるはずもない。
「いつまで忙しいの? 仕事が落ち着いたら昭仁さんと一緒に帰っておいでよ、お父さんも会いたいって言ってくれてるから」
「うん、わかった」
と答えたものの、私の頭の中は混乱していた。
これを自業自得というのか、身から出た錆というのか……母との会話もあやふやになっていたような気がする。