あなたの一番大切な人(1)
 「おとなしくしてたら、また来ます。」

 彼は申し訳なさそうに、私の頭を二度ほど撫でた後、静かに手を離した。

 再び何かを呟くと彼の姿は独房から消えてしまった。

 私は茫然と彼がいたところを見つめ、徐々に涙がとまり、正気に戻っていくのを感じた。

 自分の目の前に転がったあの液体が麻薬だと知ってはいるし、身体にどれほど影響を与えるかも身をもって体験しているにも関わらず、私はあの姿を見ると何度となく欲望に支配されてきた。

 あれを服用している間の気分の高鳴り、その際に受ける性的な興奮、身体を熱くする独特の余韻、何もかもがこの世のものでは考えられない満足感を生み出してしまっていた。

 あれを手にするためには、この清らかで美しい身体を穢すことになっても、純潔で曇りのない気高い心を売ることになっても、どんなことでも行ってしまう。

 それでも手に入れたいという願いは、言葉では言い難い感情がとぐろをまくのであった。

 そんな自分を人一倍醜く感じているのは自分であるし、こんな状況からはやく抜け出したいとも願っているが、自分でもどうすればいいのかわからなかった。

 -なぜ麻薬に手をだそうと思ったのですか-

 彼の問いかけが、頭の中をぐるぐる回り、私は静かに嗚咽をもらしたのだった。
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