睡恋─彩國演武─

彼女は衛兵の方を向くと、「下がれ」と冷たく言い放った。


「御意」


衛兵は一礼し、部屋を出ていく。

部屋の中には、千霧と春牧の二人だけになったのだ。


「この泉に浸かることで、俗世の穢れを浄め、神に奉仕することができる」


春牧はゆっくりと爪先を泉の中へ浸した。

そして、次第に深い方へと歩いて、沈んでいく。

千霧も従って、泉へ浸かる。

春牧は無言のまま、じっと千霧を見詰めていた。

舐めるような、ねっとりとした視線に、鳥肌が立つ。

その時、僅かに波紋が揺らいだ。


「──…ツ」


水の変化を感知して身構えるが、既に遅く、気付けば伸びてきた太い腕に捕らえられていた。


「……何をする!」


もがいても、普通の女ではない春牧には意味を成さなかった。

彼女はその怪力で、更に千霧を逃がさんと力を込める。

水の中では、思うように動けない。


「離せ!」


回された腕に爪を立てながら、千霧は叫んだ。

怒声が、石の壁に吸い込まれ、反響する。


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