睡恋─彩國演武─

春牧の腕から滴り落ちた血が、泉の水を赤く染めた。

滲んでは、溶ける。


千霧は冷ややかにそれを見詰めていたが、やがて顔を上げて笑んだ。


「……その痛みを覚えておくと良い」


血を含んだ紅の琥珀が、残忍に歪んでいる。


「おのれぇえ!泉を血で汚すとは……脩蛇様の水を汚した罪は重いぞ。お前は必ず殺される!!」


憤怒の表情で、春牧が腕を押さえながら叫ぶ。



「……殺せるものなら」


千霧は乱れた衣服を整えると、春牧など気にせず部屋から出た。

そこで衛兵が異変に気付いたのだが。


「贄を早く神殿へ連れていけ!」


春牧が喚くのが聞こえたが、千霧は眉ひとつ動かさず、冷静だった。





神殿までは目隠しをされて連れられ、随分と遠くまで来た。

感覚だけで言えば、土や木の匂いがするから、森の中だろう。

灰色の白樹に、まだ緑が残っていたとは。


「──着いたぞ」


目隠しを取られ、初めて景色を確認する。

神殿…だが、妖気がこびりついている。

息苦しいのだ。


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