睡恋─彩國演武─
大気の澱みが一気に押し寄せてくるような場所。
背中を押されて、神殿の中へと押し入れられる。
「……もう一人の贄も後から来る。それまで大人しくしていろ」
無愛想に言うと、衛兵はそのまま、千霧を残してもと来た道を引き返していった。
(逃げるかもしれないのに、なぜ見張りの一人もつけないんだ?)
無言のままその場に立ち尽くしていると、後ろから鈴の音がきこえた。
「心配しなくとも、見張りならちゃんと居るんですよ?」
振り向けば、祭服に身を包み、顔に仮面をつけた由良の姿。
「その面は……」
朱陽に居たときに、夢に見たものと同じだ。
「あぁ、儀式中はつける決まりなんです」
「そう。……皆、同じものをつけるの?」
由良の仮面に覆われた顔を、まじまじと見つめる。
その表情は、笑っているようにも、苦痛に歪んでいるようにも見えた。
……少し、不気味である。
「いえ、面はそれぞれ違います。表情一つを取っても、同じものを作るのは至難の技ですから」
「その仮面は、どんな表情?」
仮面は由良の心を映す鏡。
同時に、素顔を隠す殻。
「嘆きと、狂喜。俺に与えられた、大事な面です。……ところで千霧様、剣は持ってきていますか?」
「え……?あぁ、月魂なら、ここに……」
幾重にも布を巻かれた剣を、由良に差し出す。
「お預かりします。……大切なものなら、衛兵の手に渡ってはお嫌でしょう?」
「そう……だね。頼んだよ」