睡恋─彩國演武─
それまで異形を抑えていた虎が、苦しげに唸って倒れた。
同時に、千霧の顔に真っ赤な飛沫が飛び散る。
一瞬の出来事でわからなかったが、すぐに解する。
異形が針のように鋭い爪で、虎の肩を突き刺したのだ。
虎の美しい銀色の毛は、紅く染まっている。
「きゃはははッ!」
すぐ先で高笑いが聞こえる。
呆けている場合ではない。
セリカを浄化し、呉羽を助けなければ。
千霧の中で、何かが切れた。
「木、火、土、金、水はこの身の相生(そうじょう)、汝の相克(そうこく)。五行の示す陽の力よ、我が元へ集え!」
千霧の叫びに反応するように、護身刀が蒼い光を帯びる。
護身刀を握り締めると、千霧は異形に向かって走った。
「オン アニチ マリシエイ ソワカ」
千霧が呟くと、セリカが叫ぶのがわかった。
「どこにかくれたの?かくれんぼは無しだよぉ」
摩利支天(マカーハ-ラ)の神言。
唱えれば心を鎮め、悪鬼から身を隠すことができると、昔、母に教わったことがある。
(こんなところで役立つなんて……)
今の千霧の姿は、異形からは完全に見えていない。
「すぐに見つけてあげる!きゃははッ!」
狂気的な笑い声が耳につく。
異形の太い尾が、足元を叩いた。
反動でよろけ、尻餅をつく。
急いで立ち上がろうとし、ふと痛みを感じると足から血が滴っているのに気付いた。
「……痛ッ……!」
走った時に鎌鼬(かまいたち)が起こったのか、あるいは先程の攻撃で切れたのか。
まずい。
血の匂いに異形はなにより敏感だ。
神言では血を隠せない。
「見ィツケタ」