睡恋─彩國演武─

可哀想というより、哀れ。

受け入れるのは簡単。
でも、抗うのは、楽じゃない。

アイは赤に彩られた長い爪で、千霧の頬に線を引く。

うっすらと滲み出した血に、恍惚の笑みを浮かべ、彼女は闇に姿を消した。






──それから少し経ち、千霧の唇が微かに動き、そこから小さな吐息に似た声がもれた。

頬のちいさな痛みを感じて、うっすらと目をあける。

暗い、闇の中にいる孤独感。


「呉羽……由良……?」


問いながら辺りを見回すと、二人はすでに眠っていた。


「今は何刻(いつ)……?」


身体を起こそうとすると、足がズキンと痛んだ。


「熱い……」


傷の内側が、燃えるように、ひどく痛む。

千霧は激痛に耐えながら、完全に目が醒めた。

なんとか自力で起き上がり、部屋を出て、辺りを見回す。


「──廓?」


漂う甘い香の薫り。
部屋から漏れる、声。

一歩、廊下を踏み出すと外へと続く廻廊をひたすら歩いた。

どこからか聴こえてくる胡弓の音に誘われるように、闇の中へ深く、深く進んでいく。

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