睡恋─彩國演武─

けれど、それを決断すれば沙羅を始め多くの大切な人に迷惑をかけるだろう。

千霧は、今一歩この状況から踏み出すことができなかった。

皇が帰ってくるのは明日。
時間はない。

千霧の足は本人の気が付かぬうちに、ある場所へ向かっていた。

暗く光がほんの僅かしか入らぬ細い地下道を通って、深い奈落へ。

足元は急なうえ段差になっているのに、慣れたように降りていく。


「──母様」



……ここは千霧が生まれ、そして母が自害した場所。

大きな石の祭壇の前で、千霧は立ち止まった。



「……私は貴女を苦しませてばかりでしたね」


祭壇は埃を被っていたが、気にせず撫でる。

母はとても気位の高い人だった。


「貴女は、私を産んで後悔していた。……だから、私を何度も殺そうとした」


けれど、いつも途中で手を止め、泣いていた。

そしてその手で強く抱き締めてくれた。


「……憎かったはずなのに」


いつの間にか、視界がぼんやりと霞んでいた。



< 32 / 332 >

この作品をシェア

pagetop