睡恋─彩國演武─
この場所で生まれ、この場所で愛を失った。
「母様……なぜ、なんで私を殺さなかったのですか……!」
泣きながら祭壇に崩れ落ちる。
あの時、母が赤子に刃を突き刺していたなら、今頃母も、父も、兄も幸せになっていたはず。
母は死んではならない、この国に必要な人だった。
「愛していたからよ」
懐かしい声。
幼い頃、聞いただけの声。
「母……さま……」
千霧の両頬を、温かいものが包んだ。
優しい、母の手のぬくもり。
ゆっくりと、自分の手を重ねて、目を開いた。
「千霧。私は怖かったの。失うことが……」
美しい、母の姿。
あの日から、母以上に美しい人を見たことはない。
母の流す涙は綺麗だった。
「許して。あなたをこんなに傷つけたこと、どんなに後悔したことか。憎んでちょうだい、こんな母を……」
細く、白い指が頬を撫でる。硝子を扱うように優しく。
そう、母は優しい人だった。
「母様を憎んだことなどありません……っ」
ただずっと、愛して欲しかっただけ。
母は微笑むと、すぐに真剣な顔になった。
「貴方は迷っているのね。進むべき道に……」
返事の変わりに、静かに頷いてみせる。
「迷っては駄目よ。今の王宮にはあなたの味方は居ない。沙羅は違うでしょうけれど、皇の周りの武官や大臣は、いつかあなたを殺そうとする……紫蓮もきっと……」
目の前の母は幻なのかもしれない。
でも今は、今だけはこの話に耳を傾けていたい。