睡恋─彩國演武─
「……こんなに古い文字、私が知ってるはずないのに、何故か読めるんだ」
ため息混じりに呟き、頁をめくる。
沙羅も歴史書を覗いてみるが、なんと記されているのか皆目見当もつかなかった。
「わたくしには、読めないようですわ」
彼女は顔を赤くして苦笑した。
「それが普通なんだよ。それに別段、面白いことが書いてある訳でもない」
言い終わると、千霧は本を閉じ、薬湯の器に手を伸ばした。
「今日のは、柚子(ゆず)の粉を入れてみましたの。千霧さま、いつも匂いが嫌って言うでしょう?少しでも気にならなくなればって」
言われてみれば、仄かに柚子の良い香りがする。
「……本当だ。気にならない」
「そうですか?良かった……」
心底安心したような沙羅の様子に、思わず笑みがこぼれた。
本当に優しくて気が利く娘だ。
それは昔から変わらないのだが、あんな事件が起こって自分も傷ついたはずなのに、千霧を畏れず、変わらぬ接し方をしてくれる。
空になった器を盆にのせると、沙羅は一礼して部屋を出ていった。