睡恋─彩國演武─

唖然とする皇に、呉羽は続けた。

「つまり、龍の加護がない時が続いている。今のままでは彩國は滅び、世は混沌と化す。──ですが、只一人だけ彩國を救うことのできる方が居ます」

「それは誰です?呉羽殿!」

紫劉が身を乗り出す。

「……貴方の皇子、千霧様です」

その瞬間、紫劉の眼が大きく見開いた。

「あの方は今、ご自分の意思で、貴方が統治するこの国を守ろうとしている。ですからどうか、千霧様への罪を悔やむのなら、あの方の背を押して頂けないでしょうか」

紫劉は、眉を寄せていた。

返事はまだ無く、いつしか呉羽の額にも汗が滲んだ。
「……僕からもお願いします」

破られた静寂。

呉羽でも、紫劉でもない、そこへ聞こえてきた声は紫蓮のものだった。

紫蓮は呉羽の横に立ち、皇を見返した。


「……全て、聞いておりました。僕と千霧の出生についても、彩國の運命も。僕も、第一皇子として少しでも彩國の為に生きたい。あの子の運命を狂わせた僕達がしてやれるのは、背中を押すことくらいではないでしょうか」


彼の言葉に、紫劉はゆっくり頷くと、呉羽を見上げた。

「あの子が歩き出そうとするのなら、背中を押すのが親の務めです」

「感謝致します、紫蓮様」

話が終わり、部屋を出た呉羽を紫蓮が呼び止める。

「……呉羽殿、頼みがあります」

「なんでしょう?」

「もしも僕がまた異形になったら、千霧を傷つける前に殺してください」


彼の運命もまた、皮肉な音を立てて動き出していた。

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