睡恋─彩國演武─
静まりかえる広間を見渡すと、皆は不安を隠せない様子で互いに顔を見合わせていた。
公の場で千霧が意見を言うのは今回が初めてのこと。
さすがに皮肉を言っていた武官達も、徐々にことの重大さを理解したのか、蒼い顔をして額に丸い汗を浮かべている。
「それでは、皆も仕事に戻ってください。……くれぐれも、民を不安にさせないように。それが国としての役目ですから」
返事もそこそこに、広間に集まっていた者たちが居なくなると、沙羅が千霧に駆け寄った。
「やはり、行ってしまうのですね……」
「うん。私にしか出来ないことがあるなら、やらないと」
「ふふ。わたくしの不安は、的中ですわね。千霧さまはやっぱり遠くへ行ってしまう」
微苦笑し、沙羅は目を反らした。
「──当たらなければ良かったのに」
『ここに居る』と言ってくれた手のぬくもりが今は遠く、切なさをまぎらわす為に、沙羅は震える拳を食い込むほど強く握った。
「……」
千霧は毎日身に付けていた耳環を片方外し、沙羅の耳へつけた。
大きな紅玉の、常人なら滅多に手に入れられない高価なものである。
「これは……?」
「沙羅にあげる。お守りだよ。私が居ない間、沙羅を守ってくれる。必ず戻ってくるから。……それが誓い」
「わたくしを?」
確認するようにそっと耳に手をやる沙羅。
彼女は静かに瞼を閉じ、そこからひとすじの涙が伝った。