【完】山崎さんちのすすむくん
月が空高くに町を照らす頃。
気に入りの居酒屋で安酒をたらふく飲んだあと、それは灯りも持たずにふらふらと千鳥足で通りを歩いていた。
まさに恰好の頃合い。
長屋の屋根から冷たくその姿を見下ろし、俺は懐刀を持つ手に力を込める。
直接謝れとは言わん、琴尾は顔も見たないやろからな。
せやからせめて、同じ痛みを味わって死にや。
驚く程に冷めた心でそう呟いて。
俺はそいつの前に下り立った。
「……あぁー? んだてめぇ? どっから現れた?」
目を擦って俺を見るそいつは、こうして面と向かうと改めて思う。
……汚ならしい。
こんな、奴が……っ!
それでも何とか感情を抑えようと奥歯を噛み締め、ボサボサの髪を総髪に結わえた男を見据える。
そして静かに問うた。
「……雨の日に、殺した女を覚えとるか?」
「あ? ……何だてめぇあの女の知り合いかぁ?」
顎を擦りながらにたにたと笑うそいつに心底反吐が出そうで。
益々目の据わる俺に、そいつは刀の鍔を鳴らしながら汚い歯を見せた。
「あの女も馬鹿だよなぁ、黙ってついてくりゃぁ俺だってこんなもの使わなかったのによぉ。ありゃてめぇの女か? そりゃ悪ぃことしちまったなぁ」
ひゃひゃひゃと楽しそうに笑うそいつに、俺の中で何かが──
切れた。
「……下衆がっ」
「で仇討ちにってかぁ? そんな懐刀一本で何が出来んだよ、返り討ちに合うのが目に見えてんぜぇ?」
打刀を持たない俺をよっぽど舐めているらしいそいつは、抜いた白刃をひらひらと揺らしてみせる。
その下卑た笑いを今すぐ止めや……っ!
殺したる、殺したる、殺したるっ!!
そう呪詛のように呟いて、俺は土を蹴った。