ハロー、マイファーストレディ!
「待てよ。まだ、話は終わってない。」
「離して!今すぐ、帰る。あなたとは、関係ない、付きまとわれて困ってる、とでも自宅近くに集まってるマスコミに言えばいいかしら。」

慌てて彼女の腕を掴み、呼び止める。
こんな夜中にノコノコ出て行くなんて、まるで空腹のハイエナの前にウサギが丸裸で飛び込むようなものだ。
何とか思いとどまらせるために、言葉を探す。
咄嗟に出てきたのは、ある意味で一番の俺の本音だった。

「君を、選んだ理由は他にもある。」

人を説得するときは、必ず目を合わせること。
ほとんど反面教師でしかなかった父に、俺が受けた唯一のまともな教えだ。
父はとにかく交渉事が得意な政治家だった。人を説得しているうちに、いつの間にか自分に有利な条件までも引き出してしまうような男だ。
その手腕を買われて、外務大臣を務めたこともある。ほとんどは、女を口説くために使われていたのかもしれないが。
そのDNAは確実に俺にも引き継がれている、と信じたい。

「どうせなら、俺が本性を見せられる相手が良いと思った。長い間、信頼関係が必要な相手に、猫をかぶり続けるのには無理がある。」

彼女を選んだのは、確かに条件がそろっていたからだ。だが、それだけではない。
現実的に考えて、長い間一緒にやっていくためには、互いに全てをさらけ出す必要がある。
愛情はなくとも、パートナーとしての信頼関係は必須だ。
初対面からあっさりと俺の本性を引き出した彼女なら、逆に上手く関係が築けるのではないかと期待したのだ。

彼女も、また目を逸らさなかった。
俺の言い分に、少し考えるような仕草をして、動きを止めた。

「他に素顔を見せられる相手はいないの?」

自分も似たような境遇だからか。
彼女の言葉に、少なからず同情の色が見える。
そこに付け入るように、身の上話をした。

「父親と、あとは秘書が二人だけ。透と、あとは父親の代からの秘書だ。他には、俺の本来の姿を知ってる奴はいない。初対面の女と言い合いになるなんて、人生初だったよ。どうして君なのかは、自分でも分からない。」

縋るような目で見れば、彼女は渋々といった感じで、もう一度ソファに腰を下ろした。
どうやら、引き留めることには成功したらしい。

「そんな目で見ても、同情はしないわよ。」
「ああ、君にはそんなもの期待してない。」
「何も期待しないでよ。」
「君が結婚してくれるなら、俺からとびきりの条件を出す。」
「お金?それなら、要らないわ。まっとうに働いて贅沢をしなければ、困らないもの。」

潔く言い切った彼女の顔に、思わす見惚れた。
その、意思の強そうな瞳を、今すぐに狼狽えさせたくなる。
俺は、思わず微笑んでしまいそうになる口を引き結んで、冷たく言い放った。




「返事は、イエスのみだ。それ以外は、きっと後悔することになるよ。
 

 …村雲真依子さん?」


彼女は大きく目を見開いた後、しばらくの沈黙が訪れる。

そして、沈黙のうちに俺がその名を口にした訳を察したのだろうか。
彼女は、少し諦めたかのように笑った。
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