恋愛優遇は穏便に
「あれから政宗には話したの?」


「何を、ですか?」


「ボクが間違ってむつみチャンにキスしたこと」


「い、いうわけないじゃないですか」


「そうだよね。言えないよね」


「ちゃんと私のほうから言いますから」


「納得するかなあ、政宗」


政義さんはまた私の左手をとる。


「こうしたことも話さなきゃいけないんだよ」


政義さんのやわらかな唇が、左手の甲にくちづけを落とした。


手を引っ込めようとしたら、唇を甲から離し、名残惜しそうな顔をしながら静かに手を離した。


「や、やめてくださいっ」


「きれいな手をしていたから、キスしただけ」


ブルブルとカバンの中のスマホが鳴っている。

たぶん、政宗さんからだろう。


「そろそろ帰ります」


「やっぱりそのまま唇にキスするべきだったかな」


「いい加減にしてください。五十嵐室長」


「そういう、口の利き方、よくないと思うけど」


政義さんの声がずしりと重く響く。

こたえたいけれど、政義さんの彼女ではない。

政義さんの言葉を無視し、政義さんの横をすりぬけ、出入り口に向かい、銀色の扉を開いた。


「困った子には、矯正が必要なのかもしれないね」


そういって、クスクスと笑っていた。


「お、お先に失礼します」


「また来週もよろしくね」


政義さんは何事もなかったかのように、ひらひらと手を振っていた。

扉を閉めて、息を吐く。

まだ左手の甲のあたりが熱く感じた。
< 117 / 258 >

この作品をシェア

pagetop