恋愛優遇は穏便に
朝からやっている観光施設に行列をなしている道を歩いていると、暇をもてあました観光客が数人、私の姿をじろじろとみていた。

昨日のメイクもそのままにただくしゃくしゃになった醜い顔をみて驚いているんだろう。

駅ロータリーに近づき、タクシーに乗り込んで自宅へと向かう。

運転手のおじさんは何も言わなかった。

ミラー越しに見える私の泣き顔では世間話をしゃべる隙間などないと察知したんだろう。

ようやく自宅マンションへ着き、会計を済ませ、車を降りた。

部屋に入った瞬間、玄関で力が抜ける。

あんなに泣きたかったのに、なぜか泣けなかった。

汚れた体を洗うべく、まずはシャワーを浴びた。

本当に夢だと信じたかった。なのに、鏡にうつる私の肌には無数のキスマークが散らされていた。

政義さんの部屋についたとき、もしかしたらそういうことが行われるってわかっていたはずなのに。

政宗さんに会えないから、だから体を許したっていうの?

そんな、まさか。

あんなにひどいことをされているのに、もしかして私は政義さんのことを?

そんなことない。そんなこと、ありえない。

何度もシャワーを浴び、丁寧に全身を洗い、ようやく落ち着いた。

鏡にうつる薄ぼんやりしている顔をのぞきながら、考える。

私はもしかして政義さんの甘い恋の毒牙にかかってしまったのだろうか。

そんなはずはない。

私には政宗さんがいる。

気がつけば、私の右手にはまっていた指輪がなくなっていた。
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