恋愛優遇は穏便に
政義さんは自分の仕事の手をとめ、立ち上がり、私の隣に立った。


「君の経歴を人事に伝えたら興味を持ってね。ボクと同じプロジェクトを遂行してくれるなら社員登用の話があってもいいっていってくれたんだけど」


「……そうですか」


「社員、なってみたいと思わないの?」


政義さんの体が近いので、急いで書類の本を本棚へと戻しにいった。

派遣という身であるからこそ、社員登用の話には魅力がある。

とてもいい話なんだけれど、政義さんの話についていったら、将来どうなってしまうんだろうか。


「まだ考えさせてください」


「こんな絶好なチャンスないよ。時間は待ってはくれないんだよ」


「わかってます。でも」


「でも、何?」


「結論は1ヶ月後にお話しますから」


「そうやって大切なことは後伸ばしにする子なんだね、むつみチャンは」


政義さんは私のことがわかっているんだろう。

でも政義さんの策略には、はまりたくない。

黙って自分の席に戻り、まだ机の上に残る紙の資料を揃えてバインダーで止めていた。

それを見つめていた政義さんはクスクスと体を震わせながら笑っている。


「本音はボクとのやりとりが不憫になったのかな」


「そんなことは、ありません」


「じゃあ、何故」


「今あることに集中させてください」


「そう。わかった」


そういうと、政義さんは冷酷な眼差しを送りながら、ダークグレースーツの上着の内ポケットから何かを取り出す。

ゴトっと音を立てて、私の机に何かを置いた。
< 196 / 258 >

この作品をシェア

pagetop