恋愛優遇は穏便に
「仕事次第では本採用も考えてるよ。どう? いい条件でしょ?」


本採用という言葉に一瞬、ぐらりと落ちかける。

現状、派遣社員という身だから、契約満了となった場合は次があるのかどうかわからない。

少しだけでも未来がみえてくる仕事の依頼に心が折れかける。


「政宗と結婚考えてるんでしょ? 結婚資金をためるっていう気持ちでもいいんだけどな。そういう気持ちがあるなら、応援してもいいんだけど」


「……お兄さん」


「あ、そうだ。この間の約束、覚えてる?」


お兄さんはしらじらしく小首を傾げ、すました顔をした。


「約束なんてしましたっけ」


そうすると、私にゆっくり近づき、右手の人差指の腹を私の唇にくっつけた。

ドキンと胸を打ち、顔をそむける。

周りを見渡すと、ロビーには私とお兄さんだけしかいなくて助かった。


「いいのかな。政宗に言いつけても」


「……それは」


「ちゃんと覚えてくれてよかったけど」


「ここでやめちゃって今度あるかもしれない食事会でキスしたことをバラすか、未来ある仕事に契約して今までとなんら変わらない日常を暮らすか。さて、どっちがいいかな~?」


「……わかりました。契約します」


「そうでなくっちゃね。契約成立っと」


そういうと得意げにお兄さんはクスクスと笑っている。


「9月から楽しみにしてるから」

「それでは、失礼します」

何もなかったようにお兄さんを残し、足を先へ進める。

後ろから感じるものがあって、後ろを振り向くと、まだそこにお兄さんは立ってこちらの様子をうかがっていた。
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