恋愛優遇は穏便に
午後に入って仕事をこなしていても、ついつい時計を気にしてしまう。

高清水さんから小言を言われそうな気がしたけれど、丁寧に仕事を行ったせいか、特に言われることもなかった。

ようやく定時になって、高清水さんに勤務表を渡す。


「どうかしたんですか? ソワソワしてるように見えましたが」


「え、ちょっと」


「金曜日ですもんね」


高清水さんはぼそっと付け加えるようにつぶやき、確認印を押してもらって勤務表をかえしてもらった。

事務所をあとにして、ロッカー室に向かう。

ベージュのジャケットと半そでの白いTシャツ、黒いスカートに着替える。

新しい会社は制服がないと聞いていた。

もしロビーで政宗さんに出会ってもただの通勤服と通せば怪しまれずにすむかなとこの洋服を選んだ。

案の定、ロビーにおりても政宗さんに会うこともなく、そのまま、駅前の高層ビルへと足を進める。

少し早いけれど、先に人材派遣会社へ顔を出す。

郡司さんがちょうど営業先から戻ってきてくれていた。


「今日からですよね。五十嵐室長も期待しているみたいですよ」


「……そうですか。ありがとうございます」


一階上の階へ上がり、奥にある『RWG』の白いロゴが入ったドアを目指す。

ドアの前で深呼吸をする。

ガラス張りのドアを開け、ぎこちない手つきで銀色のドアを軽くたたくと、ドアの向こうから、どうぞ、と低く響く声がした。

ドアを開けると、上質なスーツに身を包んだ一人の男の人が座っていた。

「待ってたよ。森園さん」

私と目が合うと、一瞬、口元をゆるませていた。
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