残業しないで帰りなさい!
あ……、距離、近い。
コロンの匂い。
……怖い。
動けない。
背筋から寒気が這い上がってきた。
あの時の課長と同じくらいの距離だけど、課長の時と違ってものすごい恐怖を感じる。
どうしよう。
怖くて顔があげられない。貧血みたいに頭も痺れてきた。
「化粧したらもっと綺麗なのに、もったいないな。まあ、ダイヤの原石ってところなのかな」
もう、言ってる意味がサッパリわからない。
イヤでイヤで少しでも離れたいのに、足が石になったみたいに動かない。
じっとお盆に乗せた茶碗を見つめた。
きれいに飲み干された茶碗、お茶が底に少し残った茶碗。わずかに口紅がついてる茶碗はきっと久保田係長が飲んだ茶碗。
この状況から逃れたくて、ひたすら茶碗の観察をしてまた現実逃避をしていたのに、スッと手が伸びてきたから目を見開いた。
その手のひらは私の頬に触れ、指先が首をなぞった。
驚いて肩がビクッと跳ねる。
「へえ?可愛い反応」
首をなぞった感触にゾワッと鳥肌が立った。体が震えた振動で茶碗がぶつかり小さくカチャッと音を立てる。