残業しないで帰りなさい!

イヤ、触らないで……。

イヤだって言いたいのに、息が詰まって言葉が出てこない。

そうだ、あの時だってイヤだって言いたかったんだ……。

わずかに首を振って、もうやめてください、と言おう思って顔を上げたら、茶色いくせ毛の人と目が合って息を飲んだ。

その目、ガラス玉、みたい。

その瞬間、私の動きは完全に停止してしまった。

……あの時と一緒。

同じ目。

同じ……。

締められてもいない首を絞められている感覚に襲われた。

安っぽいコロンの匂い。

片手で首を絞められて、背中のランドセルが壁に押し付けられてる。

息、できない。

苦しい。

ハアハアと口で息をしても上手に吸えない。

視界が狭い。

よく見えない。

時間がのろのろとなかなか進まない。

扉の外で何か聞こえる?話し声?

自分の浅い息ばかりが聞こえる。

手元のお盆が斜めになって、茶碗が滑り落ちたような気がした。

パリンと割れた音が聞こえる。

よく見えない。聞こえない。

扉が開いたような音がしたけれど、もう視界は暗くて狭くて。

それから後のことは全然わからない。
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