残業しないで帰りなさい!

しまった……。

そういえばこの人、けっこう上の立場の人なんだっけ。いつもそれを忘れて失礼なことを言ってしまう気がする。

課長は目を細めた。

「ふーん、じゃあ言わせてもらうけどさあ、あんな風に倒れるなんて体調管理できてないからだよね?それって社会人としてどうなの?みんなに迷惑かけたんだよ?」

「それは……」

すみません、としか言えない。でも、素直に謝る気になれない。

だって、本当は貧血じゃないし。変な男に触られたことが原因だし。そのくらいで倒れる私も私なんだけど、体調管理の問題じゃないし。

ごちゃごちゃ考えながらうつむいて口をつぐむと、課長は腕組みをしたまま不満げな顔で言った。

「あれだけみんなに迷惑かけて、まだ自覚してないの?君は病人だし怪我人なんだから、残業なんかしないでよ。うちはそんな病人に残業させるようなブラックじゃないんだから。むしろそうやって残っていられることの方が迷惑なんだよ」

なによ、それ!正論だけどなんか悔しい。私の存在、そんなに迷惑ですか?

「ご迷惑をおかけしてすみませんでした!」

私はふてくされたように顔をそむけてそう言い捨てた。

でも、そう言った途端、この人が昨日、血まみれになることも気にせず私を抱き上げてくれたことを思い出した。ずっと手を握ってくれていたことを思い出した。心配して泣きそうな顔をしていたことを思い出した。

私、すごく迷惑をかけたのに。それなのに、この人はすごく優しくしてくれた。

それを思い出したら、なぜか急に目が熱くなって、涙がわいてきてしまった。焦って一生懸命まばたきをする。
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