残業しないで帰りなさい!
「仲直り、できたかな?」
「……はい」
控えめにうなずいたけど、もともと仲たがいなどしていない。怒った上司と怒られた部下なのに、仲直りも何もないんじゃないのかな。課長が怒っても、全然怖くなかったし。
それに課長、いつまでこうして握手をしているんだろう。
でも……、こうして握られてる感触は嫌いじゃないなあ。なんだろう、ドキドキして胸が痛いのに安心感がある。不思議な感覚。
「このまま……」
「?」
課長はうつむいて少し黙った後、静かにスルッと手を離した。
「行こうか」
課長はにっこり笑って背を向けると歩き始めた。
私もその後ろをパタパタとついて歩く。
……手が離れてしまった。
なんだかとても寂しい。
すごく温かかったのに。
空気に触れたら、握られていた感触があっという間に蒸発して消えていった。
握手なんてほんの一瞬だったのに、課長に触れていることがまるで当たり前のような錯覚に陥ってしまった。
なんだろう、これ。
私、もっともっと課長に触れていたかった。もっとあの手の中に包まれていたかった。
他の男の人に触られたら倒れるくせに、すごく変。どうかしてる。
課長のことが好きだから?
好きだからもっと触れていたいの?
好きな人は特別?
……課長は私の『特別』なんだ。
そんなことを思いながら、何も喋らず課長の後ろを黙って歩いた。