残業しないで帰りなさい!
久保田係長は仁王立ちをして腕組みをする、いつものお決まりのポーズをとった。
「どうする?彼、来たいそうだけど」
……あの人には会いたくないな。やっぱり怖い。でも、商談が……。
「あの、えっと……、あの副社長さんと会わないと、商談がうまくいかないんでしょうか?」
久保田係長は目を細めた。怖いです……なんだかとっても怖いです。
「そんなの関係ないわよ!バカ言わないでちょうだい!誰が商談進めてると思ってるの!商談は滞りなく終わってます!」
一気にまくし立てられて圧倒される。
「す、すみません……」
急いで頭を下げた。
「イヤなら別に会わなくてもいいわよ」
頭上で聞こえる意外と穏やかな声。そうなの?それならできれば会いたくない。正直、顔も見たくない。……怖いもの。
私は頭を上げて、久保田係長をまっすぐ見た。
「申し訳ありませんが、お会いできません」
「ふーん、そう……。あなた、ちょっと変わってるわね」
え?変わってる?
また首を傾げた。
「そう、でしょうか?」
「副社長なんて聞いたら、普通は飛び付くものだけど」
「はあ……」
普通はそう?そういうもの?
「まあ、いいわ。わかった」
「すみませんでした」
「もういいわよ」
私がもう一度頭を下げると、久保田係長はくるっと向きを変え、カツカツとヒールの音を立ててトイレを出ていった。
はあっ……、緊張した。またトイレに連れ込まれてしまった。
とにかく商談に影響がなくて良かった。
それに、あの茶色いくせ毛の人にはもう会いたくない。会わなくて済んで良かった。
良かったけど、でも、いきなり久保田係長に会ったせいか、すごく複雑な気持ちになった。
……あんな綺麗な人とお付き合いしてたのに、課長はどうして私みたいな臆病地味女にあんなこと言ったんだろう。
やっぱり、自信なんて、とてもじゃないけど持てないよ……。