残業しないで帰りなさい!
普段なら経理課まで行かなくていいのに、昨日伝票処理が終わらず締めを過ぎてしまった分は直接提出しなければいけなくて、私は5階に向かった。
締めを過ぎてから提出するなんて初めて。正直気が重い。怒られるのかなあ。
経理課のフロアを覗き込んでから、遠慮がちに足を踏み入れた。あちらこちらで響くキーボードを叩く音を聞きながら、担当の斉藤さんのデスクに向かう。
営業の担当をしている斉藤さんは、経理のお局と言われている。見たことはあるけど、直接話したことはない。怖い人なのかな。綺麗な人だと思うけどなあ。
肩身の狭さを感じながら、パソコンに向かう経理課のみなさんの椅子の間をすり抜け、ようやく斉藤さんのデスクにたどり着いた。
「営業支援の青山です」
そっと後ろから声をかけて頭を下げる。
「遅れてしまい、申し訳ありませんでした」
「あら?ううん、聞いてるから大丈夫。それにまだ午前中だし」
振り向いた斉藤さんはにこやかに言うと、伝票を受け取りながら包帯が巻いてある私の手をじっと見た。
「怪我、大丈夫?無理しちゃダメだからね」
「あ、はい……。ありがとうございます」
課長はいったいどんな伝え方をしたんだろう。怒られると思ったら、むしろ心配されてしまった。
「まあ、締めを過ぎるのは困るけど、どうしてもって時は言ってもらえれば調整できるから、もし何かあったら相談してね」
「はい」
にっこり笑って、すごく優しい。
経理のお局なんて言われてるから怖いのかと思っちゃったけど、そうじゃなくて、頼りになるお姉さんって感じ。
安心しつつ、もう一度ペコリと頭を下げて斉藤さんのデスクをあとにした。
ものすごく気が重かった反動で、心が軽くなって体も軽くなったみたい。
足取りも軽やかに経理課フロアの扉を開けた。ふと見ると、エレベーターホールで誰かが話している。
「!」
あれは……、課長と、久保田係長……!?
思わず壁の裏に隠れる。そして、そっと顔だけ出して覗き見た。
あの二人が一緒にいるなんて……。ドキドキして気持ちが悪い。
何を話してるんだろう。
……何か言い合ってる?
何を言っているのかはわからないけど、課長が声を荒げているみたい。あんな課長、初めて見る……。