残業しないで帰りなさい!

課長、身ぶり手ぶりも交えて、何かを一生懸命喋ってる。

久保田係長はお決まりの腕を組んだポーズで、仕方なく聞いてあげてる感じ。久保田係長の方が小さいのに、見下ろしてるような表情になってる……。

なんだろう。
何を話してるんだろう。

課長は何をあんなに一生懸命訴えかけてるんだろう……。

久保田係長が上から目線で何かを言った。「あなたには関係ないでしょ」とか言ってそう。
「話は終わり」とか言った感じで久保田係長がくるっと向きを変えた。

その瞬間。

ドンッ!!

……えっ?

課長が壁にドンッと片手を思いっきり当てて、久保田係長の行く手を遮った。

……?

あ、あれって……。

あれって?

か、か、壁ドン、ですよね?

思わず手で口を覆う。
鼓動が早鐘のように激しく打って気持ち悪い。

壁ドンなんて……、初めて見た。

いや、普通見る機会ないか。
人の壁ドンなんて。

久保田係長が怯んだ顔で見上げてる。あの人、あんな表情するんだ。

課長の表情はここからは見えないけど。

もしかして……。
もしかして課長……。

久保田係長とよりを戻そうとしてる?

そ、そうだよね……、あんなに綺麗な人だし。

なにしろ、壁ドン、だもんね?

瑞穂みたいに、昔の恋人が懐かしくなったのかもしれない。

そんでもって、会ってみたら今でも久保田係長のことが好きなんだって、気が付いちゃったのかもしれない。

私に好きだなんて言ったの、ちょっとした気の迷いだったのかな?

……そりゃ、そうだよね。

私なんて、そんな、……ありえないもんね。

……。

これ以上、見ていられない……。

壁の裏に隠れたまま、手で口を覆ってひたすら息を殺した。
< 183 / 337 >

この作品をシェア

pagetop