残業しないで帰りなさい!

どのくらいの時間そうしていたのか、全然わからない。両手で口を押さえたまま、ただ茫然と壁に寄りかかって立ち尽くしていた。

経理課の扉がガチャッと開いて、初めてハッと意識が回復して周りを見回した。

恐る恐る壁の向こうをそーっと覗き込む。

もう誰もいない。

……あれはいったい何だったんだろう。

課長は一生懸命久保田係長に何かを訴えかけてた。

話を切り上げて去ろうとする久保田係長を課長は壁ドンで遮った。

つまり……、やっぱり、そういうことだよね?

課長はよりを戻そうとしていたんだよね?

……うまくいったのかな?

久保田係長はかなり上から目線な感じだったけど。でも、壁ドンされて久保田係長、さすがに怯んでた。

あんな王子様に壁ドンされたら、あの久保田係長だってキュンとしちゃうよね?
昔の恋人なわけだし。知らない仲じゃないんだろうし……。

……私。課長にとって私は、気の迷いだったってこと、なんだよね?

たとえ気の迷いでも、課長みたいな王子様の気持ちに一瞬でも引っかかったなんて、すごいことかもしれない。

課長にとっては、ほんの一瞬だったんだ……。

私は……、私はこんなに好きになっちゃったのに。

こんなに好きで好きで、たまらなくなっちゃったのに……。

鼻の奥が痛くなって、あっという間に目に涙がたまった。

私、昨日から泣いてばっかり。バカみたい。

ダメ……。息を止めて涙が落ちないように堪えても、やっぱりもうこぼれ落ちそう。

急いでトイレに駆け込んだ。

目を閉じて、胸に手を当て何度も口で深く息をする。

とりあえず落ち着こう……。
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