残業しないで帰りなさい!

課長は私を見て驚いた顔をした。

「……どうしたの?」

手に持っていた煙草を小さな灰皿に入れて火を消している課長のスッとし立ち姿を見たら、目を奪われて、何を言ったらいいのかわからなくなってしまった。

「あ、あの、おじゃまでしたか?」

「邪魔なわけないじゃない」

「……」

どうしよう、言葉が続かない。

じっと固まって動けない私に、課長が優しい瞳でもう一度言った。

「どうしたの?」

どうしたの?

……そうだ。
私、お断りしに来たんだ。

課長の姿を見たら、すっかりミッションを忘れてしまっていた。

でも、いざ言おうとしたら急にドキドキし始めて、喉が渇いたみたいになって言葉が出てこない。

そんな優しい瞳で見られると困る。

でも言わなきゃ……。
私、言わなければいけないのです。

「あの、……昨日のお返事を、と思って」

「急がなくてもいいのに」

急がないと課長からお断りされちゃうもの。

「えっと……、あの……、本当に申し訳ないんですけど……」

私の消え入りそうな声を聞いて、課長は大きく目を開き、それから失笑した。

「そっか。……うん、そうだよね。困らせて、ごめん」

「……」

どうしてまたそういう寂しそうな顔をするの?課長には久保田係長がいるのに。

それとも、もしかして……。
二人同時に付き合うつもりだった?
だから久保田係長がいるのにそんな寂しそうな顔するの?

……そうだよね?課長くらいにもなれば、二人同時に付き合うなんて、わけないよね?

そういう場合、私は課長のそばにいられるの?連絡していいの?それとも待つだけなの?

そんなのすごく辛そう……。きっと毎日泣いちゃう。
< 187 / 337 >

この作品をシェア

pagetop