残業しないで帰りなさい!
さっきは触れそうで触れなかった。
それはそれでドキドキしたけど……。
でも今は、完全に密着してる。
体ごと壁に押し付けられてる。
薄いブラウスの生地越しに私を掴む大きな手とがっしりした課長の腕を感じる。
課長の息づかいをすぐ上に感じる……。
ドキドキし過ぎて、私、呼吸困難です。目は開いてるけど、何も見えません。
息もままならない私の耳元に、課長が優しい瞳で何かを囁くように唇を寄せた瞬間、下の方がガヤガヤと騒がしくなった。
階段を上がる足音?それもかなり大勢?
「ちょっと、押さないで」
「何階まで行ったのよー」
「相手、誰?」
「わかんないんだよ」
「壁ドンとかって、マジウケるんだけど」
「全然見えない」
こそこそと小声で話すこともなく、ガンガンと鉄の階段を踏み鳴らして上がってくる足音が響く。もしかしてみなさん、堂々と見学に来たのですか!?
それっていったい、どういうこと?
上司の壁ドンを見に来る部下……。
課長、ナメられてるの?それともこれは、部下と良好な関係にあると言うべき?
課長は私を壁に押し付けたまま、目を閉じると耳元で囁いた。
「ちょっとだけ、いい子で待ってて」
はい……。
言葉にはならなかったけど、小さくうんうんとうなずいた。
いい子で待っててなんて、そんな台詞だけでもドキドキしてしまうけれど、いい子で待つも何も、今の私にはじっと動かないでいることくらいしかできません……。