残業しないで帰りなさい!
私がうなずくと課長は私の耳元に唇を寄せた。
「やっぱり君だったんだ……。ずっと君に会いたかった。君に会えて、本当に良かった」
せつない声が耳に響く。
抱き締められたまま、目を見開いた。
……そんなこと、言うなんて。
すごくすごく嬉しいけど……。
いったいどうしたの?
急にどうしたんですか?
困惑して見上げようと身じろいだ途端、力いっぱい抱き締められた。あまりの力強さに思わず息が漏れる。
「腕の中に君を感じるだけで、たまらない気持ちになる……。君を大事にする。絶対に大事にする。だから、ずっと俺のそばにいて……」
首筋の近くから響く課長の声にゾクッとして、その言葉に胸がキュウッと痛くなった。
また目に涙がたまる。
どうしたの?
いったい、何が起きたの?
いつもの課長とは違う静かな激しさを感じる。
力強さにドキドキしながら、勇気を振り絞って口を開いた。
「あの……、どう、したんですか?」
課長はしばらく黙って、ため息をついた。
「嬉しいんだ。君が『俺』を知りたいって言ってくれたから……」
えっと、それだけ?
ただ知りたいだけなんて、むしろ失礼なのかと思ったけど。
よくわからなくて少し首を傾げたら、課長はまた沈黙した後、フッと笑った。
「……俺はね、いつも王子様を期待されるんだよ。でも元々のんびりしてる方だからさ。グイグイひっぱるタイプでもないし、比較的おとなしい方だし、だからといって紳士でもないし、車は大衆車だし、マメに連絡しないし。そんなわけで毎回毎回、思ってたのと全然違うって言われてフラれるわけ。まあ、無い物を求められても仕方がないから、去る者は追わないし、女なんてそんなもんだって思ってた」
……本当にそういう理由で王子様が嫌だったんだ。本当にそんなこと、求められてきたんだ。前に聞いた時は冗談かと思ってたけど。
期待されるの、嫌だった?求められたのが自分じゃなくて王子様だったから嫌だった?
でも、課長がせっかく話してくれているのに、私は全然別のことを考えてしまった。