残業しないで帰りなさい!

麻痺しているのもあるけれど、課長の腕の中はすごく安心する。
ドキドキするけど、心が落ち着く。
不思議な感覚。

目を閉じると、課長の感触をもっと強く感じてもっと安心する。
もっともっと課長を感じたくて目を閉じてじっとしていたら、課長がクスッと笑った。

「実はね、君が俺に何も望まなくても、俺は君に望むことがあるんだ」

「え?」

おでこから声が響いてきてくすぐったい。
それに、なんかそれ、ズルくないですか?

「非常階段で俺以外の誰かが寝てても、あんな風に近付かないで」

あ……、あの時のこと?
あれはもちろん、課長だから近付いたわけで、他の人にそんなことするわけないのに。
そもそも、普通は階段で寝ないから!

「そんなこと、しません」

「したじゃない」

「あ、あれは……」

「俺が特別、だから?」

私はうなずいた。
もう!わかってるくせに!

「じゃあ、他の男にはしない?」

「しません」

「したらヤキモチ妬くよ」

……しつこいなあ。

「しません!私も課長がそんなことしたらヤキモチ妬きます」

「うん、俺もそんなことはしない」

課長がフフッと笑ったから、私もふふっと笑った。

あ、この感じ。
この空気、好きだなあ。
ふわっと柔らかい空気に満たされる感じ。

課長がため息をついた。

「さすがにそろそろ戻んないとね」

「……はい」

課長はそっと腕を解いて、ゆっくりと私の体を離した。
その途端、私を抱き締めていた課長の感触があっという間に蒸発して消えていく。当たり前になっていた煙草の匂いが遠退いていく。
……この感覚、すごく寂しい。

見上げたら、課長はあの甘くて優しい瞳で見つめていた。

考えてみたらもうずいぶん長い時間、課長と二人でここにいるかも。
仕事中なのに……。

そうだ!
仕事中なんですよね?私たち。
……完全に忘れてました。

戻ったらきっといろんな意味で大変そう……。
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