残業しないで帰りなさい!

菜々美さんが小さな紙袋をスッと差し出した。

「これ、手作りのクッキーなの。お口に合うといいんだけど」
 
「えっ?いいんですか?」

「ええ。さっきワインと一緒に出したお菓子は硬くて食べにくかったでしょう?これは普通のクッキーだから安心して」

そういえば、ワインに夢中でさっきのお菓子、食べるの忘れてました……。

「ありがとうございます」

手作りのクッキーなんて素敵なお土産までいただいてしまった。
そんな気遣いとかさりげない仕草とか、菜々美さんはとっても大人です。

そもそも、このレストラン自体がとっても大人な空間だった。雰囲気もお食事もデザートのワインも。新しい世界を知ってしまった感じで、ちょっと嬉しくなる。

「じゃあ、行こうか?」

帰り支度をして翔太くんが振り返ったから、もう一度二人に頭を下げた。

「ごちそうさまでした。本当に美味しかったです」

「それは良かった。また来てね」

「待ってるわよ」

二人に見送られて、翔太くんに開けてもらった扉の外に出ると、少し日が陰り始めていた。
けっこう長い時間ここにいたのかも。

このレストランに入る前は課長だったのに、すっかり翔太くんになってしまって。
翔太くんに弟さんを紹介してもらって。
お互いの家族の話をしたりして。

私たちは少しずつ進んでいる?

そういえば、明るいうちからお酒なんて飲んでしまったけど、もう酔いは醒めちゃったなあ。

「あの、ごちそうさまでした」

「いえいえ。香奈ちゃん、全然酔ってなさそうだね?」

「はい、もう醒めました」

「本当に強いんだなあ」

「翔太くんも酔っているようには見えません」

「うん、俺もまあそれなりに強いからね」

そんな気はしてた。さっきも全然酔ってるようには見えなかったもの。

そんなことを思っていたら、翔太くんがそっと私の手を取って繋いだからドキッとした。
やっぱり、手を繋ぐ瞬間は痺れたようにキュンとする。
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