残業しないで帰りなさい!
その人は「みんなで藤崎んち行こうぜー」っと言い出した張本人の松永本部長だった。色黒で髪は五分刈り。ちょっと強面だなあ。
「おじさんはね、コイツのことは学生の頃から知ってるんだよ。学生バイトのくせに、正規の営業より契約取ってくるもんだから、前会長のお気に入りでね」
「昔の話はいいじゃないですか」
翔太くんが苦々しい顔をするのを全く無視して、松永本部長は話を続けた。
「コイツ本当はのんびりした性格のくせに、入社した頃は尖っててね、切れ味のいいカミソリみたいでさ」
翔太くんは困った顔をして牽制するように手を伸ばした。
「もー、そういうの恥ずかしいからやめてくださいよ」
翔太くん、尖ってたの?
その話、もっと聞きたいなあ。興味津々!
「いーじゃねーか!尖ってたし、王子様なんて騒がれてるのも面白くなかったからさ『カミソリ王子』ってあだ名にしてやったんだ」
そのあだ名を付けたの、この人だったんだ。
「当時のコイツはね、締めギリギリ前になって一気に追い上げてダントツの売り上げ出すもんだからさ、前会長はナタの切れ味なんて言ってたよ。『コダマはカミソリ、シンザンはナタの切れ味』ってね。要はいい末脚の馬のことなんだけど。コイツはね、前会長の自慢の秘蔵っ子だったんだ」
馬の話はよくわからないけれど、翔太くんって前の会長さんのお気に入りだったんだ。そんなこと、全然知らなかった。でも、前会長ってもう亡くなってるよね?
「いろいろ嫉まれたりしてコイツも学んだんだろうね、そのうち表だって尖った爪を見せなくなって『うたたね王子』なんて言われるようになっちゃってさ」
翔太くんを見ると、ちょっと困ったような笑顔を見せた。
「それが横浜行って東京戻ってきたら、ずいぶん落ち着いちゃってるじゃない?いい大人になったと言うべきか、まあ、こっちが本来の姿なのかもしれないな。これからはのんびり翔太で『のび太君』にするか!」
「いやいや、やめてください!」
「嫌なら『骨抜き王子』にするよ?いいの?」
「どっちもダメッ!」
なんだかんだ、とっても楽しそう。それに強い信頼関係を二人から感じる。