残業しないで帰りなさい!
そんな私の心配をよそに、藤崎課長は作業をしながら話を続けた。
「大塚はさ、昔の『残業は美徳』なんて時代を知らないからね。俺なんかよりよっぽどクールなんだよ」
「はあ……、残業は美徳ですか?」
残業は美徳?残業するな、なんて言ってる今と昔は180度違ったのかな?
「俺が入社した頃なんて、飛び込みのセールスやってたから追い込みがすごくってさ。早朝から夜中まで働かされて、先輩なんてブドウ糖の点滴打ってまで仕事してたけどねえ」
「点滴!?課長も点滴打ってたんですか?」
「いや、俺は点滴までは打たなかったけど、薬局で売ってるブドウ糖固めた角砂糖みたいなのは食ってたなあ。あれ食うとなんか頭がすっきりした感じがするんだよね。でも今考えると、ちょっとやりすぎだよねえ」
「へえー?」
今の状況からはちょっと考えられない世界。この会社にもそんな時代があったんだ。
「今はないけど、当時はノルマもあったから、営業は厳しかったんだ」
「そうなんですか?」
「うん、まあ俺はノルマを割り込むことはなかったけど」
「……それって、きっとすごいことなんですよね?」
「どうだろーね」
藤崎課長がフッと笑ったから、聞いたら失礼にあたるのかがわからなかったけど、ちょっと聞いてみたくなった。
「できる営業さんだから『カミソリ王子』って呼ばれてたんですか?」
私がそう聞くと、藤崎課長は驚いたように目を大きくして手を止めてしまった。
ああ、しまった……。やっぱりそんなこと聞いちゃいけなかったかな。