残業しないで帰りなさい!
「俺、そろそろ行くよ。そういえば、君はなんで非常階段になんて来たの?」
んっ?
ああっ!大変っ!
資料頼まれてたのに、すっかり忘れてた!
急いでたから階段で行くことにしたのに、そんなこと完全に忘れてた……。
「会議の資料を高野係長に頼まれてたんです!私、急いで行かないと!」
私が急いで横をすり抜けようとしたら、ひょいっと上から資料を奪われた。
「あっ!」
「その会議、これから行くから俺が持って行ってあげる。別にそんなに急ぐことないよ」
えっ?
つまりこの人、管理職会をサボってたの?そんなに適当でいいのですか?
私が呆れた顔をすると藤崎課長は微笑んで、踊り場の向こうを指さした。
「ここってさ、冬になるとあっちに富士山が見えるんだ。俺のお気に入りの場所なんだよ」
富士山?……富士山なんか見えるんだ。
そんな、富士山が見えるか見えないかなんて、今まであんまり考えたことなかったな。
ふと、非常階段の手摺に寄りかかって富士山を眺めている藤崎課長の後ろ姿が思い浮かんだ。その姿は、昨日想像した夕日の中で屋上に立つ高校生の藤崎課長の姿となんとなく重なった。
やっぱり、ドキドキする。胸が痛い。
なんだろう。