さちこのどんぐり
一方、奈津美も大森と付き合い始めて、楽しいと感じたり、幸せだと感じたりするなかにも不安に感じることもあった。

大森はとにかく優しかった。それに一緒にいて刺激的だし、楽しい。奈津美は彼のことが、ますます好きになっていたが、それにつれて「嫌われたくない」と考え、彼との年齢差を考えると「もう少し私がしっかりしなきゃ」と自分の子供っぽい言動を顧みて反省することも多くなっていた。
大森はあまり感情を表に出さないが、なんとなく言葉数が少なく、機嫌が悪そうなときがある。彼は「ちょっと疲れてるだけだよ」なんて作り笑顔で答えてくれるが、奈津美はそんな大森の態度が気になっていた。

アルバイト先であるファミリーレストランで、そんなことをぼんやりと考えていると


「お疲れ様です」

入口のとびらが開き、東西商事の坂崎義男が入ってきた。

「あ!坂崎さん、お久しぶりです。」

「前嶋さん、お疲れ様、今日は久しぶりに担当エリア内の店舗を廻っているんだ。小野寺も後で来ると思うよ」

「お嬢さんが入院されてたって聞きましたけど…」

「ああ…でももう退院したし、今は大丈夫だよ。ありがとう」

「そうですか。よかったです」

そう言った奈津美は今度、坂崎に会ったら相談しようと思っていたことを思いだした。

「あの坂崎さん。ご相談したいことがあるんですが…」

「え、何?」

奈津美はレジの後ろのフロアから隠れた場所に坂崎を招いて

「坂崎さんくらいの年齢の男性って、一人の時間がすごく大事だとか、一人になりたくなるとかってありますか?」

「はぁ?」

「それで、一人になれないことが原因でイライラしちゃったりすることってあるんでしょうか?」

「どうしたの?前嶋さん。そういうひととお付き合いしてるの?」

「いえ!私じゃなくて、友達からそういう相談されてて…」

奈津美は慌てて、そんなふうにごまかした。

「そうか、うーん?そうだな。みんながそうだってわけじゃないけど、そういう男もいるかな」
そう答えながら、坂崎の頭のなかでは大森が浮かんでいた。

「やっぱり、そうひともいるんですね…」

「それは、前嶋さんの友達がどうこうとかじゃなくて、誰と居てもそうなっちゃうんだよ。そういう男は。そのくせ一人になったらなったで、今度は『寂しい』とか言い出すんだ。面倒くさい性格だよ」
大森を思い浮かべて、そう話す坂崎は、思わず笑いたくなるのを必死で堪えていた。

「そうなんですか…そういう人には、どうしたらいいんでしょうか?」

「まあ適度に一人になれる時間を与えてやったほうがいいかもね。そういうやつって一人にしても、どうせ音楽聴いたり、映画観たり、読書したりするくらいで、それで外に遊びに行ったり、浮気したりなんて心配は無用だから。俺がよく知ってるやつで、そういうタイプの男がいるんだけど、そいつもずっと一人暮らししてたからか、そういうとこあってね。きれい好きで料理もできる。それでずっと独身だって男には多いみたいだよ。」

「その坂崎さんがよく知っていらっしゃるひとって…?」
まるで大森みたいだと思いながら奈津美が尋ねると、

「昔から付き合いのある友人なんだけど、そいつが以前、そのことで『俺は結婚には向いてないんじゃないか』って悩んで相談してきたことがあったんだ。そのときは『一人になりたいとか、イライラしたりとかしても、それでも別れたくないって思える女性にいつか出会えるよ』って答えたよ」

「そうですか…そうですね。ありがとうございました。」

坂崎に話を聞いてもらえたことで、奈津美は少し気持ちが軽くなったが、彼女のなかで最近、膨らんでいく不安は、大森に対する「不満」にもなっていた。それを抑えられなくなって爆発しちゃったら、きっと彼は「私とは付き合えない」って考えるだろう。
奈津美は悩んでいた。


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